竹路の工場修行漫遊記 まとめ

~出会い~

当時、28歳の私は、世田谷ものづくり大学に吊り編み機なるものが置いてあると聞き早速当時お付き合いさせて頂いていた彼女さんと軽い気持ちで見に行きました。

お店に入ると若い2人の女性販売員さんとおじいちゃんが1人。洋服ではなく吊り編み機ばかり見ていた私におじいちゃんが話しかけてくれました。

実はそのおじいちゃんこそが、これからお世話になる和田メリヤス工場の和田社長でした。

私はこの機械を見に来ました。と言うと、和田社長はスイッチが入り、ガンガン吊り編み機の説明をはじめました。

最初の印象はとにかくはアツい人。

そのアツさにやられて、私もガンガン質問をするので、完全に2人の世界に。

気付くと彼女さんは店の外に、、

2人の販売員さんは通常業務に、、、

本当彼女さんには申し訳ないことをしました。ごめんなさい。結局その時はTシャツ1枚購入しました。

私はこの出会いはとにかく大事にしないとだめだ!と直感しました。最後に和田社長からお名刺を頂いた所で、

「工場にも遊びに行って良いですか?」

すると和田社長は、

「いつでも和歌山に来て良いよ!」

軽いながら、了承を得ることができました。

そこから、ずっと考える日々が始まりました!

自分の作ったモノに、【誇りとプライド】を持って仕事している。和田社長かっこいいな〜。

そして、お会いしてから1年後、自分の気持ちだけ先行してしまい、まだ何も決まっていないのに、なぜか独立をする。と決めて和歌山に和田社長を訪ねました。

(ちなみに、、お金がないので、1番安い夜行バスです。初夜行バス。しかも4列シート。隣のイビキおじさんも良い思い出です。笑)

↑ 和歌山電鐵の岡崎前駅に到着してから、すぐさま工場に向かいました。和田社長は当時と変わらず、快く出迎えてくれました。

そこから

工場の見学がはじまりました。

 

 

 

 一通り工場の説明をして頂き、いよいよ応接室にて決意表明。

早速『自分独立を目指してます!!和田社長の生地を使わせて下さい!』

和田社長は息子を見るような目で、

「生地は使用していいよ~!」

「頑張ってね!応援してるよ!」

和田社長からしてみたらビジネスの話をするのかと思いきや独立目指す宣言!こいつ何しに来てん?!って感じですが、、しかしその後も、工場の歴史や機械の特徴、ご家族の話までして頂きました。

その中でも、

何故吊り編み機を未だに使用しているのか?

この話は痺れました!

先代から、工場の経営されており、世の中が大量生産にシフトし始めた頃、もっと早く編む事ができる、シンカー編み機が開発されました。

それは、同じ生地を編み上げるのに、

約1/20の速さで編める!

とんでもない機械でした!

世界は、このシンカー編み機を絶賛!!

シンカー編み機は瞬く間に広がっていきました。

日本の工場でも同様の流れに。一気にシンカー編み機にシフトしていきました。

実はその時、和田社長は、いち早くシンカー編み機を見に行ったそうです。そして編みあがった生地を見てさわり、、決断します。

吊り編み機で勝負できる!!っと

つまり生地の質で勝負できると考えたそうです。

そこから日本全国の工場へ行き、不要になり、処理に困っていた、吊り編み機を二束三文で買い占めます。

更に、吊り編み機を研究し抜きます。

一時は厳しい状況に追い込まれた事もあったそうですが、しかし研究に研究を重ね、吊り編み機ではできないとされていたカノコ編み、ボーダー柄を編めるようになりました。

そして、今では唯一無二のメリヤス工場の地位を築きます。

もちろん今でも更なる進化を求め、日々工夫と研究を重ねて続けていらっしゃいます。

濃厚な1日を過ごし、そのまま、また夜行バスで帰宅しました。

そして、その後も進捗状況を伝える為に何度も工場に伺いました。

~修行~

2016年12月頃から独立を決意。時間を作りご挨拶に和歌山へ(もちろん夜行バスです)

いつものように迎えて下さる和田社長。

私は独立の具体的なお話をさせて頂きました(この時初めて金額などの具体的なお話もさせて頂きました)そしてそのまま工場に入っての修業もお願いしました。

和田社長にOKを頂き、そのまま修業開始!

まずはじめに、吊り編み機のホコリ掃除からスタート。ホコリ掃除って吊り編み機を解体して掃除するのかな?

と思いきや、、

 

↑の写真にあるように、糸を経由しているライン部分についているホコリを、綿棒のようなもので(こちらの写真がなくて申し訳ございません)ひたすら絡めとる作業でした。

そうです。

言い方はあまり良くないですが

めちゃめちゃ

めんどくさい作業なんです!

では何故ホコリを絡めとらないといけないか?

そもそもホコリって?細かい繊維の事です。

細かい繊維をそのままにしておくと、その部分に細かい繊維が溜まり、吊り編み機の動きに支障をきたすからです。

吊り編み機に繊維が詰まり、機械自体が止まったりするんです。

ん?じゃあ

ホコリが溜まるのを防ぐだけなら

フッーー!

って息吹き掛けちゃえば良いじゃん?

っと思ったあなた様、聞いて下さい。

ちゃんと意味があるんです。

では何故手作業でわざわざ細かい繊維を絡めとるのか?

分かりやすく大量生産品と比べてみましょう。

大量生産品はもちろんそんな時間と手間がかかる事はしません。

ではどうやって対策しているのか?

それは、上から大きな扇風機で風を送り細かい繊維を飛ばす。

しかし、

その飛ばされた細かい繊維は、編み上げる部分に入り込み、余計な繊維を生地に編み込んでしまうのです。

つまり均一では無い生地が出来上がるわけです。

その点

和田メリヤス工場は手作業で、細かい繊維を絡めとっているので、繊維は巻き上がず、余計な繊維を編み込まないので均一な生地が出来上がるのです。

生地の品質にここまでこだわっている!

本当に感動です!!

確かに小さな差ではありますが、生地の品質への確かなこだわりと、生地への愛情がビンビン伝わってきます。

初めてお会いした時のアツい想いは、このようなところからもきているんだと感じることができました。

まさに『百聞は一見にしかず』

この言葉に偽りなしですね。こんな愛がつまった生地を私達は使わせて頂いています。

 

~修行2 ~

繊維掃除中に、ふと目に入ったのが

↑ この機械

吊り編み機本体に別の機械のようなものが繋がっていて、その吊り編み機だけ特殊な動きをしていました。

気になったので質問してみました。

社長は、

「ボーダー柄をつくる機械だよ。」

「自分で作ったんだ。」

作った??

付属機械の部分は社長が自作で考えて作ったそうです。驚!!!

詳しく聞いてみると、吊り編み機は複雑な機械のように見えて、とても単純な構造になっているので、弱点として様々な編み方ができない。

しかし

和田社長は、昔の機械だからできないことも多いが、自分はこの機械にかけたので、良さを変えずに新たな事に挑戦していかないと、絶対にダメになる!

そこで

一定の時間で編む糸を切り替える事ができれば、ボーダー柄が可能になるとの理屈で付属の機械を自作!

また

その切り替えの時間も設定もできるようにすれば、細いボーダーから太いボーダーまで可能になる。という事で自作をスタートしたそうです。

改良を重ね、いまでは自由自在にボーダー柄を編む事ができるそうです。

↑すごっ!!

簡単に説明して頂けましたけど、、自作って凄くないですか?

すると

「自作したモノなんて沢山あるよ。」

「これもそう!」

っと編み機のギヤのようなモノ(正式名称はすいません、歯車みたいなものを想像して頂ければと思います)このギヤの形が針に伝わり糸を編んでいきます、編み組織の設計図みたいなものですね。

このギヤも自作!

今まで不可能だったカノコ編みを可能にしたよ。(カノコ編み=ポロシャツに良く使用される生地です)

また、

「この工場の電気代ってめちゃくちゃ安いんだよ。」

息子さんが電気の学校に行ってたので、免許がある息子から様々教わり、息子さんと一緒に考えて実行しているそうです。

(私は電気の知識がないので方法は分かりませんが、、)

同じ規模の工場と比べると雲泥の差らしいです。

 

「ついでに教えてあげる、吊り編み機の針はドイツでしか作ってないだよ。」

どうやら、吊り編み機の針はかなり特殊な針で、以前は日本でも作られていたらしいのですが、現在はドイツでしか作ってないそうです。

ちなみに、今後そのドイツがこの針作らない!と言ったら、どうするですか??

「ちょっっと来てみな!」

学校の教室にある掃除用具入れの2倍ぐらいあるロッカーに、パンパンに針がストックされていました。これだけストックしてるから問題ないよ。もしドイツが作らなくなったらこっちで作れば良いし。

たしかに!納得です!

 

~修行3~

和田社長がたまに吊り編み機の事を『スイッツル』っと、言っている事に気付きました。

「スイッツルって方言での吊り編み機の言い方とかなんですか?」

すると社長は、

「この吊り編み機はスイスから入ってきたらしいんだよ。」

「うちの先代は吊り編み機の事をスイッツルっと呼んでいたんだ。」

「らしいって?ってどうゆう事なんですか?」

「資料が残っているわけじゃないから事実かどうか証明するものがないんだよ。」

「なんかロマン感じますね。」

 

~修行4~

 

吊り編み機はとても手の掛かる子です。
↑製造会社の違い、部品の違いなど、様々な要員で1台1台、性格(性質)のクセのようなものがあるんです。
その性格(性質)のクセを加味し、熟練の職人が調整し、初めて動き出します。
そして、とても重要なのは、この機械の「あそび」の部分にあります。この「あそび」とは、糸に余計なテンションをかけず低速で編む事により、糸が自分から編まれたい方向に編まれていく。
この「あそび」の調整も熟練の職人さんじゃないとできないんです。
簡単でしたが、修行のまとめでした!!
この生地をいまでも使用出来るのは、和田社長の仕事に対する思いと、より良い生地を作るという長年の研究で培った技術を武器に、唯一無二の工場であるからです。また和田社長は、今も現役で工場に立たれています。
そんな思いのつまった。芸術作品のような生地を使用させて頂いております。
竹路
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